苺アロマ

5 月29

摘みたての苺で、苺ジャムを作りました。

友達のうちの庭にたくさん実った苺をみつけて感動していたら

「全部食べきれないから、好きなだけ持っていって良いよー」

とのやさしいお言葉をいただいて

それでボトルにいっぱいの苺を持って帰ったのです。

スーパーで売っている苺とちがって、ふぞろいなところがかわいい苺たち。

苺を摘んだ手は、半日くらいずーっと苺の甘い香りで

バックシートしばらく苺を置いていたら、車も甘い香りでいっぱい。

「こんなにたくさんあるから、ジャムとかにしたら良いかもね」

という話になって、さっそく作った手作りのジャム。

コトコト煮込んでいたら、やっぱり家中が苺の香り。

いちごの色も、カタチも、香りも、こんなに楽んで・・・手をかけるって、お得かも☆

なんて思いながら、お鍋の中でとろりとしてきたジャムをかき混ぜていました。

苺アロマで、すっかりリラックス。

ジャム作りはリラックス効果大のようです☆

それから出来上がった苺ジャムは大満足のできで

小瓶にわけて、苺をくれた友達におすそ分けの予定です。

甘いもの好きのお友達なので、きっと喜んでもらえそう・・・。

同じく甘いもの好きの私は、

ジャムというのが保存食であるという事なんてすっかり忘れて

パンに塗って、豆乳アイスクリームに混ぜて、一日で食べきってしまいました。

反省・・・・。

おすそ分けようのジャムは冷蔵庫の奥の奥にしまってあります。

ついつい手を出してしまいわないように。

それでもなんとなく横目で見てしまうジャムの小瓶。

早くお渡ししたいなぁ。

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禅クリーニング

5 月24

2日前の深夜から、急に思い立って大掃除。

しばらく遠出が続いたせいで、家はほったらかし、溜まるものはたまりっぱなしだったのです。

部屋が散らかっているのって嫌ですね。

散らかっている、というストレスに気力を吸い取られて、何もできなくなってしまいます。

ついには、お掃除もできなくなってしまいます。

それで、さらに部屋が散らかってゆきます。

以前、「部屋が散らかっているストレス」が頭をもたげていて

それをイギリス人の友達に愚痴っていた時のこと。

「そんなに大変なら、お掃除をする人を雇えば良いんじゃない?」

と言われて

「それは嫌だなぁ」

と思ったのですが、それがどうして嫌なのか、というのを説明するのが、なかなか難しくて

「や、そういうのは禅じゃないから。」

と日本人らしいこと(?)を言ってその場をしのぎました。

私はどこかの宗派にぞくしている人、とかではないのですが、禅のお話を聞くと

「はぁーなるほど!ありがたや、ありがたや。」

となるので、禅というのに特別の好感をもっています。

それで、ありがたい禅の教えを

「何かをするというのは、初めから最後までする。という事ですよ」

とか

「働かざる者食うべからずですよ」

とか、簡単なかたちに置き換えて心の中にキープしています。

口をついて出た

「そういうのは禅じゃないから」

も、実は、心から出てきた本当のところだったのかもしれません。

お掃除みたいなクリエイティブでないことほど、大事な禅修行ですよね。きっと。

私の好きな禅エピソード(?)の中にこんなものがあります。

おしょうさんが、炊事担当の小僧にお米と砂利の混じったものを手渡して

「これを調理しておくように」

と言います。

小僧はお米の中の砂利を除いてそのお米を夕ご飯としておしょうさんにお出しました。

するとおしょうさんは

「それで、あの砂利はどうなりましたか?」

と聞きます。

小僧は「どうしておしょうさんは、砂利のことなんて聞くのだろう?」

と不思議に思いました。

というお話。という感じのお話。・・・実ははっきりとは覚えていないのです。

ただ、その時

「不都合なもの排除するのではなくて、ものをあるべきところに返す、という考え方が禅なのかな?」

と思ったことだけはしっかりと覚えています。

人は人のあるべきところへ。

熊は熊のあるべきところへ。

木は木のあるべきところへ。

排除するのではなくて、あるべきところに置く、返す、という考え方。

こういう思考モデルだったら、戦争なんて起きないんだろうなー。と思います。

という事で、この二日間は禅的大掃除に明け暮れていました。

紙くずは紙くずのあるべきところへ。

塵は塵のあるべきところへ。

シミはシミのあるべきところへ。

そう思うと、合成洗剤とか、流してしまったらどうなるんだろう?みたいなアグレッシブな液体とかは使えません。

使うのは、もっぱら、石けんやお酢や重曹などです。

そもそも、なんとかアタック!とか、なんとかキラー☆とかは、ものすごく排除する感じが苦手です。

穏やかにゆこうよー。と思ってしまいます。

部屋が整うと気持ちが良いですね。

環境への負担も抑えられたと思うので、今回のお掃除も大満足◎

きれいなお部屋でおいしいYOGIティーをいただきました。

ありがたや。ありがたや。

HOME

5 月20

横浜に行ってきました。

すぐに帰ってきました。

アニマルモチーフのグッズを買いすぎている事に気がついたのです。

ウサギのペンダントや紫のバンビのワッペンとか

そんなものをいっぱい。

この週末、友達のMちゃんのウエディングパーティーが横浜港の船上で開かれることとなり

光栄にもそこにご招待いただいた私は、ふた月ぶりの横浜に行ってきたのです。

その友達と出会ったのは、もうかれこれ8年くらい前。

ロンドン行きの飛行機の中でした。

まだ19歳だった私の初めての海外旅行。

そしてそれは一人旅。

英語もロクに話せなかったし、イギリスのコトも何も知らなくて

世界のコトも何も知らなくて・・・・

今思えば、何も知らないから乗ってしまったロンドン行きの飛行機でした。

そして、その飛行機が離陸してしまってから襲ってきた

不安と恐怖、そして後悔。

「ああ、どうしよう。まわりはみんな大人ばかりだし、外国人がいっぱいだし。

ロンドンに着いたらもっと外国人がいっぱいだろうな。どうしよう。こんなところに来るんじゃなかった。」

と泣きそうになったのが、モスクワ上空あたり。もう引き返せません。

その時、ふと隣の席を見ると、その時の私と同い年くらいの女の子が座っていました。

すごく女の子らしい女の子で、でも どうやら1人旅の様子。

楽しそうに機内食をつついている様子を見て、なんだかとっても心が安らいだのを覚えています。

そしたら「まぁ、何とかなるさ」と思えてきて、それで、急に眠たくなってきて・・・

寝て起きたら、そこはヒースロー空港。

着いてみると、楽天的解釈をよそに

全然、何とかならなくて、どこに行ってよいかも、何をしてよいのかもわからなくて

そして、癒しと救済のオーラを放っていた隣の女の子に助けを求めたのです。

それがMちゃんとの出会いでした。

私が横浜に住んでいた頃は、おうちがわりと近かったので

よくご飯を食べに行ったり、お買い物をしたりしていました。

それから一緒に中国にも行ったり。(楽しくも辛かった、万里の長城。)

私が島根に帰ってからも、時々連絡をとりあったり、旅行に誘ったり誘われたり。

(なかなかタイミングが合わなくて、行けなかったけれど)

そんなふうに仲良くさせてもらっていて、そして、ウエディングパーティーにもご招待いただいたのです。

「おいしいお料理を作って、幸せな家庭を築きます」

って言ってたお料理上手なMちゃん。

Mちゃんだったら、きっと毎日帰るのが楽しみになるような温かい家庭を作れるんだろうな。

隣でご飯を食べているだけで、ヒトのココロを癒せるMちゃんだもの。

そして、そんなMちゃんのハズバンドさんは、やっぱりとっても素敵な方でした。

やさしさと包容力をあわせもった笑顔がまぶしかった。

「今日、天候に恵まれたのは、皆さんの日ごろの行いと

Mが昨日作っていた80個のテルテル坊主のお陰だと思います」

って言ってました。

テルテル坊主を作るMちゃんとそれを見つめるハズバンドさん。

その眼差しと、その空間がHOMEなのですね。きっと。

そんな幸せそうな2人を見ていたら、島根のHOMEが恋しくなってきました。

だって、私には、島根で人間のお母さん(私)の帰りを待っているヤクモがいるのです。

1日は、なんとか かわいいアニマルモチーフの助けをかりて持ちこたえましたが

2日目に、すでに限界を向かえ、帰りの電車のチケットを変更して、早々と島根に帰ってきました。

Mちゃんも私も、今では大切にしているHOMEがあって

前みたいに、たくさん遊びに行ったり、遠くに旅行に行ったりできなくなってしまうのかも・・・・。

どこか遠くに旅に出る事だけを考えていた20代のはじめは

そういうのが「不自由」に感じられてとっても怖かったけれど

でも、それって、そんなに悪いことじゃないかも。

HOMEがあることのほうが、すごいことかも。

と思っています。そんな27歳になりました。

ヤクモは今も私の膝に ぴたっ とおでこをくっつけて、寝息を立てています。

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