遠く鳥の声
朝は早くに母から電話がかかってきました。
というか、電話口にいるのは父で、その後ろで話す母の声が聞こえてくるような感じだったので
電話が苦手な母が、父に電話をするようにたのんだのがわかりました。
それで、2人の言いたいことというのは
「私をとても心配している」ということでした。
数日が過ぎ、今ではだいぶ気持ちも落ち着いたのですが
うちの後ろにあった緑の豊かな谷がある日突然埋め立てられることになり
その知らせを聞いた翌日には、谷を賑わせていたほとんどの木が伐採されてしまったのです。
それで、私も、私の家族も今回のことでとても心を痛めています。
あるときから共に生活する仲間となっていた狸も
しばらく前にボルネオから帰ってきて、懐かしい日本の景色の中をビュンビュン飛んでいたツバメも
そして小さな実を枝いっぱいにつけ始めていたあの大きな桜の木も
ある朝、全て消えてなくなってしまいました。
巨大なスプーンで抉ったみたいな跡だけを残して。
しばらくは、鳥の声も木のざわめきも聞こえない静かすぎる朝と
昼間の埋め立て工事の騒音とにすっかりやられてしまい
体調を崩しかけていたのですが、ようやく元気になってきました。
何かを失う事の辛さは、その朝もその次の朝も
失ったものを思い出して、それを失ったという事を自分に言い聞かせなければならない事です。
でも、そうやって、ちょっとずつ人は立ち直って行けるものなのだと思いました。
寝起きだったので、ちゃんと言えていたかはわからないけれど
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから安心して」
と電話を切って、相変わらず静かすぎる朝の寝室でしばらくぼんやりしていました。
何かを失う事でわかることは、今、そばいてくれる人たちの尊さです。
今あるもの、今一緒にいてくれる人に感謝しなければ。
とにかく みんな みんな ありがとう。
そう思って目を閉じると、少し遠く離れてしまったけれど
今もがんばって生きている鳥たちの声が聞こえてくるような気がしました。
あの鋭い目を持った狸も、きっとどこかに素敵な山をみつけて元気に暮らしてくれていると思います。
