消しゴム!?
2008年が、キャスター付きの椅子に乗って
ぐるぐる回転させられたような年だったので
ここにきて、やや 眩暈が・・・。
脳ドック行きを 本気で考えるほど
驚異的にぼんやりとしています。
クリスマスの夜に行く約束をしていた
ハンガリー音楽のコンサートの事を
当日の夕方に、一緒に行く友達からメールをもらうまで
すっかりと忘れている。
急いで準備して乗ったコンサート会場行きのバスで
運賃の350円を払うために1000円札を両替して
なぜだか
1000円-350円の650円を入れてしまい
明らかに悪気の無いミスなのに
運転手さんに こっぴどく叱られる。
そのコンサートの翌日
レイキの先生が松江の家に来てくださるのをすっかりと忘れ
実家に帰ってしまう。
「今、家の前にいるんだけど、どうして留守なの?」
の連絡に 冷や汗がどっと出る。
なぜだか記憶からすり抜けてしまうアレコレ・・・
空白の時間。
実は、まだまだ あるのですが・・・
これ以上書き連ねると
自分でも怖くなってしまいそうなので
これくらいに。
そんなわけで、今日はカレンダーの裏紙で
メモ用紙を作りました。
用事は全てメモ用紙に書いて 冷蔵庫に貼っておくことにしようと思います。
このメモが増えれば増えるほど
数式を愛する博士か
頭に消しゴムを入れた新妻らしく
なってしまうのだろうなぁ・・・。
「心というのは やりかけた仕事の記憶だ」
という言葉を聞いた事があります。
やりかけた仕事・・・。
「夢」 とか 「希望」 という言葉から
徹底的に情熱やファンタジーを除いて
ろ過したら そんな表現になるかしら?
そのやりかけの仕事の記憶が
必要ない生き方があるとしたら
それって 老子の生き方なのかも・・・。
だって、
道(タオ)は その瞬間、瞬間で、常に完成されているから。
その瞬間 瞬間を生きるのも人生。
やりかけた仕事・・・夢に向かって生きるのも人生。
本当に 本当に
どちらでも良いのだ。
そして どちらか1つを選ぶ必要もないのだ
と思います。
忘れてゆくのは
まるで、自分の人生から遠ざかってゆくみたいで辛いけれど
でもきっと、人が何をどんなに忘れたとしても
思い出は雨みたいに
大地に染み込んで
流れて
また雲になり
曲がり角の向こうに開けた空で
待っているのかもしれない。
そんな事を物思いながら
またも
空白の時間が過ぎてゆきます。
