降り注ぐもの
少し前の話になりますが
久々に電車に乗りました。
桜の盛りの頃の大社を目当てに
出雲へ向ったのです。
空席の目立つ車内の座席に腰掛けましたら
思いもよらず
お隣には
先客の つぎはぎ さん。
切符の倍くらいの大きさで
座してらっしゃいました。
大社は
桜も見ごろの最後の最後のほう
もっともドラマティックなころあい。
黒豚のビルが一緒だったら
大喜びだっただろうなぁ
と思ってしまうほど
春の味覚の大放出でした。
池に舞い落ちた花びらたち
蓮の葉に寄り添う姿が
いじらしい・・・。
帰りも一畑電鉄で 松江市まで・・・
夕暮れの手前の
甘みの強い日差しが
車窓のガラス越しに降り注いで
眠気がさしてまいります。
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「こちらをお使い下さい」
柄杓の水で
手を清められた紳士に
わたしは着物の袖から
手ぬぐいを出して
お渡しします。
その手ぬぐいには
木彫りの判で押したようなエッジが潔い
音符がちりばめられていました。
この時にふさわしいものをと
選びぬいた 音符柄の手ぬぐい。
「Thanks」
その東洋人は美しいアメリカ英語で
そう言って その手ぬぐいを受け取ります。
「会場は、あちらでございます。
チェロの響きは 木造の神殿に良く合う事と存じます。
大国主大神も心待ちにしておいででした。
さぁ、急いで あちらへ 参りましょう」
わたしはそう言って行く手を見上げました。
そこには
お天道様の光に照らされたヒノキ造りの階段が
天に向かって伸びています。
チェロをかついでここを登るのは
さぞご足労だろうと
紳士を不憫に思いながらも
それでも わたしは そのチェリストを
あそこに連れてゆかなければならないと
固く決意しています。
空に続く階段はいっそう険しく
そしていっそう美しく 輝いています。
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その日の、帰りの電車の中で
そんな夢をみました。
未来のイメージ・・・
というのが
その日 桜の木の下で
花びらを胸いっぱいに
受け止めてる動作に
重なります。
ただ 降り注いでくるものに
素直でいる。
受け取った
感覚やアイディアを
迷いなく形にしてゆく
信じてそこに進んでゆく。
これからは
計画を熟考することも
自分の技能や能力を検討することよりも
空に向って両手を広げて
舞い降りたものを受け取る
そして
それを そのままの状態で
素直に放つ。
というのが
良いのかもしれないな・・・と
なんとなく
なんとなく
思います。
ですから
わたしが あきらめずに
情熱を燃やしてアプローチしてゆけば
YoYo Maも いつの日か、出雲大社に来て
チェロを演奏してくださることでしょう。
終点の松江温泉駅で
目を覚ますと
相変わらず 夕暮れ手前の日差しは
のろのろと降り注いで
肌をゆっくりと焦がしていました。
意識するしないに関わらず
それは絶えず
降り注いでいます。
春は未来が待ち遠しくなる季節ですね。






