緑色の研究
緑色がむやみやたらと迫ってくる5月の日々です。
思想家のルドルフ・シュタイナーは
「緑色は生命の死せる像として存在する」
と言いました。
緑色は 植物の色、生命の色という側面だけで
存在しているのではなくて
死や影の側面も担っているようです。
わたしにとっての緑色は
絵を描く上での 研究の対象であり
絵を描いた後の筆洗いを 大変厄介にするものでもあります。
筆についたビリジアンは 筆洗い液に浸して
その後石けんで洗ってもなかなか落ちないのです。
画家の質は筆の扱いを見ればわかる
と先生がおっしゃいます。
ですから
なんとしても 筆を美しく保とうと必死になり
気がつけば筆洗いには30分以上を要します。
そして最後の最後まで筆先にしがみついているのが緑色。
「先生、ビリジアンは何でできているのですか?」
「緑系の絵の具は基本的に 酸化銅だよ」
青銅器、銅鐸や銅剣も
土の中であまたの時を越え、息づいていたような
神秘的な緑色をしていたのを思い出します。
・・・なるほど、そう簡単には
洗い流せないはずです。
古浦遺跡で発掘された弥生人の頭蓋骨は
緑色に染まっていました。
それは青銅器の飾りをつけていたためなのではないかと言われています。
その緑色の骸骨は
「緑色」といういう色の
人間を凌駕する不気味なまでの生命力を
表しているよう・・・・。
わたしは それを見たときに
わずかな恐怖心を覚えました。
緑色は 生であって死のような
光であって影のような
不思議な色です。
「緑色は生命の死せる像として存在する」
緑色を明滅の淵としてとらえるときに
とても強く感じることがあります。
それは
世界がただ今 大爆発していて
わたしたちは、そのスローモーションの内に
身をおいているのだという事。
世界は、その大爆発のひとつひとつを
丁寧に
わかりやすく
ゆっくりと
わたしたちの前に表してくれているようです。
なんて
ゆっくりとしていて
やさしく
愛に満ちた
大爆発なんだろう・・・。
そんなふうに思いながら
緑色を見ています。


ユカリンゴさんのブログは
色々・・色々・・・教えてもらうね
私も知らないことばかり
感受性が・・・不思議ですね・・・
もっともっと色々教えてもらいたいことありそう
ミルクティーさん
ありがとうございます^-^♪
わたしのほうこそ
ミルクティーさんには
教えてもらいたいことがたくさん!です。
今後ともよろしくお願いしますねー。