直線と曲線と距離感

6 月10

「海を見るために 

釜山に来たのに

海を見れないのは困ります・・・。」

釜山在住のお友だち趙さんと

韓国式?カリフォルニアロールを食べながら・・・。

「でも ここから ビーチまでは

けっこう 遠いですよ。

それに 外はあんな状態だし・・・。」

わたしたちが

ビルの2階にあるレストランに入った頃に

道路を完全に占拠したデモ隊は

一向に退去する様子もなく

しぶとく 座り込んでいる。

一体何のデモだろう・・・。

先日 自殺したノムヒョン元大統領は

確か釜山の人だったから

その関係かなぁ・・・。

「今日、見なくても

明日には 僕が車を出しますから

たくさん海を見れますよ。」

趙さんは日本語がうまい。

日本の企業で働いていたので

組織社会をあんまり知らないわたしよりも

言う事が理路整然としていて

説得力があったりする。

「うーん・・・

でも せっかく海を見るために

釜山に来たから

ほんのちょっとだけでも海を見たいなぁ・・・」

趙さんはきっと海の近くで生まれ育っているから

切実に海を見たい気持ちが

わからないのだろう・・・。

もうちょっとで

わたしが子供の頃に海を見たことがなかった話を

持ち出そうとしていると

「本当に 夜の海なんかでいいんですか?

広安里だったら まぁ そんなに遠くないから

行けるかもしれません・・・。」

と箸を運ぶ速度を3倍速にしながら言って

それから席を立ちました。

韓国の男の人は 女の人との距離のとり方が絶妙です。

ヨーロッパのジェントルマンとは違う。

だからと言って

日本の亭主関白みたいなのとも違う。

儒教の影響が根強い国だから

男尊女卑・・・というのとも もちろん違う。

やや斜め上のほうにいながら 決して自己主張しすぎず

いつでも安定した空気を保っている・・・という感じ。

きっと そういう距離感は女の人を少しわがままにさせると思う。

韓国で男の人と手を繋いで歩いている女の人が

つんとすましているように見えて、それでいて とっても幸せそうなのは

きっと大きな容認の中にいるから。

わがままをいっぱい言いながら女を生きている彼女たちは

のちに とっても人情味のある 立派なおばさんになるのだろうなぁ・・・。

レストランを出て

デモ隊の合間をくぐりぬけて

地下鉄に乗る。

釜山の地下鉄は ソウルのものよりも幾分アナログ感があって

広島の路面電車を彷彿とさせるような

庶民的な空気が漂っている。

車内で 真新しい白い靴下を指差しながら

叫んでいるおじさんは出張靴下売り。

まだこんな商売をしている人がいたんだ・・・

そう思っていると

意外にも となりに座っていたおじさんに

靴下の需要があったらしく

手を上げて靴下売りを呼び止めた。

「本当に海が好きなんですね・・・」

「や・・・好きというより 

この旅のテーマが海なんです・・・。」

広安里という名前は聞いたことがあるけれど

行った事のあるところかなぁ?

そんなふうに思いながら 広安里駅を降りて

海へ向う道を歩いていると

そんな疑問は糖衣が水の中でするする溶けてゆくみたいに消え去って

確信へとかわりました。

ここは ぜったいに来た事がある。

それは冬の朝で わたしは 

どうしてこんなに寒い日に海に行かないといけないんだろうと

少しイライラしながら海岸に向って歩いていた。

道沿いには異様に下手な手書きの映画の看板が立っていて

そこを通り過ぎると今度は

掘っ立て小屋のようなさびれたお店があって

その中には 顔を真っ黒にしながら靴を修理している

片足のない男の人がいた。

全部が歪んで見える街にとっても嫌気がさして

わたしは さっさと海を見て この街から逃げ出したと思った。

そしたら突然視界が開けて そこには 晴れた冬の朝の海があった。

波のひとつひとつが朝日を照り返して

黒味がかった砂浜さえも渋みのある光を放っている。

そしてその風景を

左から右にまっすぐに伸びる 真新しい大橋が

真っ二つに切り裂いていた。

きっと この 最新建築の直線のせいで 

この街は すこしずつ歪んでいってしまったんだろうと

わたしは その時に納得した。

「5年前に ここで 橋のある海岸を見たことがあります。」

と言うと趙さんは

「・・・5年前には橋はまだできていなかったと思いますけど・・・。」

と何やら計算しているふうに 指折り数えながら言った。

わたしは 少しむきになって

「ここからまっすぐ海岸に出て右手に

バスキンラビンス(31アイスクリーム)があるはずです。

それがあったら わたしの言ってることを

信じてください。」

と言って海岸への道を早足で進んだ。

すると 思っていたタイミングで

バスキンラビンスが見えてきた。

だけれどそれがあったのは右手ではなくて左手。

「右・・・じゃなくて左だったけど

でも あったでしょ。

バスキンラビンス・・・」

納得いったようないかなかったような

曖昧な返事をしている趙さん。

なにせ、バスキンラビンスは韓国のいたるところにあるのだ。

やっぱり この街は5年の間にも

ゆっくりと胎動していたのかもしれない

と わたしは ひそかに思う。

なぜなら

5年前 バスキンラビンスは確かに右手にあった。

となると

この街のうねりに流されて

あの片足のない靴職人は 

今頃 どこにいるのだろう。

海岸に出ると 湿った生ぬるい空気に包まれる。

そして

幾重にも重なる波の音に動じることなく

橋は相変わらず まっすぐ左から右へとラインを結んでいた。

あの冬の朝は

浜辺にぽつんとポンテギ(蚕のさなぎを煮たもの)の屋台が出ていて

子犬がそのまわりをぐるぐる 走り回っていただけだったのに

初夏の海岸は すっかり観光地化されていて

海沿いのバーやカフェは若者達でにぎわっている。

趙さんとわたしは バーには入らず

砂浜に座って コンビニで買った缶ビールを開けた。

「こんなところが楽しいですか?」

そういう趙さんに

「楽しいですよ。 

カンドンヘッソヨ(感動しました)」

とこたえると

趙さんは

タバコの箱を指差して 

にこっと笑ってから

煙が届かないくらいの

ところに離れて座って

タバコを吸い始めた。

韓国の男の人は 女の人との距離のとり方が絶妙。

「趙さん 明日も 海に行っても良いですか?」

少し遠くにいる趙さんにさけんでみる。

「・・・本当に 海が好きなんですね・・・」

「好きというより 海がテーマなんです。」

波の音がわたしの声をさらっていった。

韓国に来て わたしは少しわがままになってきているかなぁ?

そんな事を思いつつ・・・・。

明日もまた 

海に行こう。

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