カタチなきもの
当日。
母方の祖先の眠るお墓に参ってから
舞台に向った。
わたしには
「これ どこに 置いたら いいですかいねー?」
という 固定された台詞がひとつ 与えられた。
だけれど それ以外の台詞とか 役の設定とかは
曖昧に留められたまま 本番を迎えようとしている。
行きの車の中で 兄が何気なく 認知症の話を始めた。
最近、特別介護施設で働き始めた兄は
高齢者の方に
1日に何度も同じ話を聞かされるのだそうだ。
1日に・・・というかほんの数分の間に
同じ話がループするらしい。
ふと わたしの母だったら
どんな話をくり返すのだろう・・・と思った。
稽古の時に
母親の真似をするという課題があった。
そこでわたしは
物静かで可愛らしい母を演じた。
すると 森田さんは
「あんた そんな 演技じゃ お母さんがかわいそうだよ。
何十年もかけて子供を育てるっていうのは戦いだよ。
お母さんは もっと必死になっていたはずでしょ。
どうして そこを見ていないの?」
と声を荒立てていた。
母は3人の子供を育て上げている。
笑ったり 怒ったり 泣いたりしながら・・・。
それなのに いざ演じようとしてみると
その怒りがどんなものであったか
その悲しみがどんなものであったのかを
思い出せない。
母がもしも 認知症になったら どんな 話をくり返すのだろう。
山火事が起きた日。
「お昼になったら山で働いている人に
お弁当を届けるように」
というおばあさんからの言いつけを守るために
燃えている山に入っていった事。
生まれたばかりの仔ヤギが
親ヤギの見ている前で
野良猫に食べられて
死んでしまった事。
たけのこの皮で
作ったサンタクロースを
同じ学級の男の子に盗まれた事。
出雲に住んでいた時
松江に住んでいる恋人と
親の反対のため
別れなければならなくなって
最後に1度だけ一畑百貨店で会いましょう・・・と
待ち合わせたら
自分は松江の一畑に行き
恋人は出雲の一畑に行ったため
会えなかった事。
お見合いの席で
その後 夫となる人を待っていたとき
階段をのぼってくる足音に
胸を弾ませて振り返ると
そこには足の短い男(のちの夫・わたしの父)が立っていて
よくあんなに短い足で階段を登れたなぁ・・・と思った事。
・・・なぜだろう・・・母がしてくれた話は
まるで わたし自身の記憶みたいに映像となって残っている。
初めて産んだ子供(わたしの姉・千賀子)
難産の末 生まれてきた赤ん坊が
憮然とした態度である事には、びっくりした。
謙治君(わたしの兄)の 足のかたちは
お父さんの足のかたちと違うから
きっとクラスのだれよりも早く走れる。
ユカが3歳の時に描いた雛人形の絵を見たときに
ユカは絶対に絵の才能があると思った。
でも
どうやって才能を伸ばしてあげれば良いのか
わからなかった。
野良猫のクロちゃんは 絶対に 夜中の3時ごろに来る。
夜中の2時に置いたえさが朝の5時になったら
なくなっているから 間違いない。
あの窓からは
毎年春になると 桜の木が見える。
それが 本当に 楽しみ・・・。
母の声が いっぱい いっぱい 聞こえてきた。
このカタチのない
母の記憶。
こんなに輝いている
母の言葉。
いつか消えていってしまうのかな・・・。
今朝 手を合わせに行った墓地は あまりにも静かだった。
悲しくて
そして
美しすぎて
涙が止まらない。
わたしは舞台の上で
母を演じる事にした。
何せ 今日は 母が見に来ているのだ。
本番まで あと2時間
もうすでに 泣いていますが
大丈夫でしょうか・・・。

