一瞬の夏

7 月7

森田さんには、こう言いたかった。

「こんな 静かな街に

わたしたちを置いてゆかないでください。」

だけれど わたしは それを言えなかった。

イッセー尾形さんの舞台の演出家

森田雄三さんのワークショップが終わって

数週間が過ぎようとしている。

舞台本番でのことは 

記憶がとぎれとぎれ。

照明がリハーサルの時よりも

強いなぁ・・・と思っているうちに

暗転・・・舞台袖におりた。

という感じ。

終演後、会場から出てきた母が

開演前よりもさらに困惑した様子だったのが

とても印象的で、おそらく 酷い演技だったのだろう

という事が窺える。

いつか 勇気が出たときに

舞台を録画したDVDを見よう・・・と思っているけれど

それには 

そうとうに心を強く持たなければならない。

舞台のあとで懇親会があり

稽古の時と同じく

円陣をつくったわたしたちは

順々に感想を述べていった。

「ワークショップの間

稽古中は緊張で肩が凝るし

夜になると、反省と後悔ばかりが思い起こされて眠れないし

本当に大変でした。

演劇というのは、こんなに体に悪いものなんだなぁと

実感しました。」

わたしは 本当の想いとは裏腹に

あえて、愚痴をこぼしてみた。

稽古の後、森田先生とスタッフさんと飲みに行った時に

森田さんが

「コメントを求められたときはね

悪い事を言ったほうがいいよ」

とおっしゃっていたのを思い出したのだ。

「自分のことはいいから

人のことを褒めてあげてよ。」

という森田さん。

わたしは、いつも顔を真っ赤にしながら

恥ずかしそうに演技をしていた高校生の男の子に

「なよなよした演技がとても良かった。」

褒めているのか、けなしているのか

わからないコメントをしてみる。

心配して高校生さんのほうを見ると

笑顔で一礼してくださったので

一安心。

本当は言いたい事が他にも

たくさんあったのだけれど

言葉に詰まってしまい

早々と 席に座った。

「みんな 本当は 誰かに見ていて欲しいって

思っているんだ。

それは、大人も子供も一緒。

だから、誰かに光を当ててあげようよ。

そういうやさしさを持とうよ。」

森田さんがそうおっしゃるので

みんなが ひとりずつ 誰かの演技について

コメントしてゆく。

ひとりひとりのコメントを聞いていると

わたしが 気づきもしなかったところを

ある人は見ていたり

または 感じていたりするのだと関心した。

そうやって

誰かが 誰かを見ていること

そして光をあてること。

それがやさしさなんだ・・・。

そういうほんとうの光を目の当たりにすると

メディアの放っている光というのは

ことごとく人工的なものなのだと実感する。

メディアはいつしか

誰かを羨望するための道具みたいになっている。

とても優れた人を さらに輝かせて見せて

人々の注目を集めるのがメディアのお仕事。

みんながそのままの自分を受け入れてしまうと

誰もシーズンごとにお化粧品を買い換えなくなるし

最先端の植毛技術も市場を失うから

「こうあるべき」というアイコンを提示し続けて

人のもっているポジティビティーをそちらに誘導するのは

資本主義の社会にとって有益なのかもしれない。

・・・だけれど、そんな人工の光は

いつしか差別意識を刷り込んでしまう。

少しおおげさかもしれないけれど

自殺が増え続けているのも

きっと、安易に抱いてしまった 差別意識の矛先が

いつしか自分のほうを向いてしまうからなのかも。

自分で自分を認められなくなってしまったとき

人は壊れてしまうのかもしれない・・・。

あんな人工の光に

人は負けないで欲しいと思う。

そのままでいたって

ひとはそれぞれに

誰かの光になることができるから。

それは決して 難しいことではないから。

「わたしたちを置いてゆかないでください。」

森田さんにはそう言いたかった。

もしくは

「わたしを置いてゆかないでください」

だったのかも・・・。

稽古の間、森田さんは

わたしの名前を

「もりわき ゆかり さん」

とフルネームで呼んで下さっていた。

劣等生だったわたしは 

褒められることなんて

ほとんどなかったけれど

それでも あんなふうに 

名前を呼んでもらえるだけでも

じゅうぶんに

光を与えられていたのだと思う。

森田さんは懇親会が終わると

「飛行機の時間があるから・・・」

と 早々に会場を後にしていった。

その姿は 車椅子に乗った

風神みたいにかっこよかった。

もう 次の土地に 森田さんを待っている人々がいるのだ。

一方わたしは

ワークショップが終わり数週間が過ぎた今でも

こころに穴が開いたような

まるで失恋でもしたかのような

そんな気持ちを引きずっている。

雨のたくさん降る この静かな街で 

あの5日間の事を思い出す。

時がハウリングしてゆくみたいな

真っ青な空に

雲の切れ間が鮮明で・・・

ああいう空を見たのは

ずっと昔の夏休み以来だったかもしれない。

今のわたしにできる事は

誰かに

・・・というか 

どんな人にも

どんなものにも

光を当てること。

梅雨の始まる少し前に

森田さんが届けてくれた

一瞬の夏は

人がもちうることのできる

ほんとうのやさしさを教えてくれた。

そして それは 決して

難しいことではないのだと・・・。

ありがとう 森田さん。

大好きです。

また お会いできる日を

ほんとうに ほんとうに 

楽しみにしています。

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