日食の音

8 月23

ここ最近 眠りの病である。

眠気が襲うというのは ほんとうに 的を射た表現だなぁ・・・と関心する。

眠気というものは 

寄り添うものでも

忍び寄るものでもなくて

真っ向からの襲来のようだ。

いちおう 両方の足で立ちながらも

半分 眠っているような時もある。

人と話しながらも 3ぶんの1くらい眠っていたりする。

3ぶんの1くらい眠っているわたしは

覚醒している時よりも

むしろ饒舌である。

先日 そのような状態で 友だちと話していたら

「ゆかりさんって何でも知っていますよね。」

と言われて 

ほんとうに ほんとうに びっくりした。

生を受けて以来一貫して不勉強であり

感覚的にしか 物事をとらえていないと 自負している わたしは

無知だけが 頼り というふうに 生きてきたのに・・・。

眠りに話を戻す。

座って 食べていると かならず うとうと してしまうために

ふと記憶を失って

それから 気がつくと 半分まで食べたご飯が 

手元で冷えて固まっているのを目の当たりにしたりする。

この 冷えて固まったご飯のビジョンから 始まる 現実の世界は

わたしが 継続的に見てきた 現実の世界と 色調を異にしている。

そこには

不慣れな感覚の衣を纏っているために

目の前にある 幸福を 感受する方法を思いつかないような

無力さが 漂っている。

その太刀打ちできなさは 

屋久島の皆既日食で感じたものに 少し似ている。

S氏と 白熊君と 屋久島を旅した。

午前には山に登り

午後には 川で泳ぐ

あんなに大きな空と

そして 甘く見てはいけない 太陽。

木々は樹齢をじわじわと重ねていて

滝は 複雑なリズムを刻み続ける。

「わたしは 日食が見たいというよりは

日食の時の音が聞きたくて 来たんですよ。」

と言うと 白熊君は

「僕は 日食の時は

どんな匂いがするんだろうと思って

来たんです。」

と言った。

S氏が運転するレンタカーで島を何周もしながら

いろんな話をした。

夜になると

星の明かりだけを頼りに

浜辺を歩いた。

水平線までを星が埋め尽くしている。

海がめはもうすぐ孵化して

海に向って いっせいに 進むのだそうだ。

その旅は カリフォルニアや南米にまで及び

そして そのうちの ほんの一握りが

20年後に また 産卵のために この屋久島に帰ってくる。

何せ 自然界の営みは 規模が大きいのだ。

その日は

翌日の 宇宙との対面に備えるために 早く テントに入った。

だけれど 興奮して なかなか寝付けなかった。

眠りたくても眠れないなんて事は

その日以降、1度もない。

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