質問に対する正しい答え方。
深い森を歩いているときに
「1番好きな映画は何ですか?」
と 森のお友だちに聞かれる。
こういう時に ひとは
ほんとうに好きな映画というよりは
知的で 個性的で 耳あたりの良い 映画
を検索してしまうものなのではないか・・・。
「ここで ニューシネマパラダイス とかって言ったら卑怯だよね?」
と お友だちに確認すると
「・・・うん それは ちょっと 当たり障りなさすぎですね。」
と即答。
やっぱり・・・そうですよね・・・。
好きな映画を答えるというのは 難しい。
こういう時に
スタンリーキューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」
と 真顔で答えられる人は 自己アピール能力に長けていると思う。
それから ヒッチコックの「めまい」とか
デビットリンチの「マルホランドドライブ」 とかも うってつけ。
おしゃれさを全面に出したいのならば
「シェルブールの雨傘」 「ポンヌフの恋人」などのフランス映画。
そこに個性をプラスするなのならば
「青いパパイヤの香り」(ベトナム・フランス映画)とか
「パンと植木鉢」(イラン・フランス映画)とか
ヨーロッパ外の国が絡んでいるフランス映画なども良いかも。
・・・と 検索画面の右側のPR記事が 誘惑してくるけれど
どれも 正しい答えとはいえない気がする。
わたしは
「・・・全然 思いつかないから アニメ部門に限定してもいい?」
そう了承を得た上で
「千と千尋の神隠し」
と答えた。
良い映画というのは 不思議なもので
最後まで見て
「ああ・・・この映画は良かった」
という感想をもつのではなくて
始まって ほんの数分で 胸が躍り始めて
ストーリーが浮かび上がってくる手前のところで
すでに その世界への愛情が芽生えていたりする。
ちなみにアメリカ映画部門では ウッディアレンの「マンハッタン」がそれ。
あれは 確かジャズが大音響でかかっているバーで
大人たちがせわしなくおしゃべりをしているシーンから始まる。
「Oh! …I love this movie!!」
一緒に見ていたイギリス人に向って
そう叫んだのは 映画が始まって ほんの2分後くらい・・・。
まだ ニューヨークの街のクールな情景も
ウッディーアレンのセンシティブで問題だらけの恋人も
スクリーンに登場していない時だった。
千と千尋を好きになったのは それよりも早い
映画が始まって・・・おそらく30秒後くらいだったかなぁ?
「 千と千尋・・・ぼくはあんまり意味がわからなかったんです。」
と森のお友だち。
文芸を学んでいたという 彼は
「今度 会った時に どういうところが良いのか 説明してください。」
と 宿題を残して 森の奥のほうに歩いていった。
彼の姿が 森の中で すっかり見えなくなってしまうのには
少し時間がかかる。
なぜなら 彼は 森の配色にそぐわない 白熊だからだ。
「白熊君 おひさしぶり。」
次に白熊君と話したのは
森の中ではなくて 奥出雲にある扇屋さんでのこと。
扇屋さんは地元ではちょっと有名な
亀嵩駅と言う無人駅の中にあるお蕎麦屋さん。
「それにしても 屋久島で会った時とは
雰囲気が
ぜんぜん 違いますね。」
わたしは お仕事の後で まっすぐここに来たので
マットな黒地に うっすらと光沢のある黒のストライプが走るスーツと
ストイックに装飾を排除したヒールの革靴を履いていた。
ここは都会のお蕎麦屋さんと違って
昼食にお蕎麦をかき込みにくるサラリーマンはいないだろう。
周辺には会社どころか 家屋さえもほとんど見当たらない。
1時間に1本のペースで過ぎ去る 一両のローカルラインが
その後に訪れる静けさを ひとたびごとに強めているような場所だ。
「それで、 その後 絵を描いたんですか?」
いたってシンプルなお蕎麦屋さんのメニューカードをわたしのほうに向けながら
白熊君が尋ねる。
仕事が忙しくて・・・
と言い訳するのに充分な
窮屈なスーツ姿ではあったけれど
「忙しい」という言葉は使いたくなかった。
「思ったより 描けないものでね・・・。」
屋久島で日食を見たとき
(ほんとうは雲に隠れて見えなかったのだけど)
わたしは その宇宙の営みに 感激し
生きている事の奇跡を痛感し
これから先は絵を描く事だけをしながら生きてゆこうと思った。
それだからこそ 屋久島から帰るのを1週間早めたのだ。
ところが
帰ってしばらく 立て続けに 大切なお仕事が続いた。
姿勢を正してスーツを着続けているうちに
芸術への情熱が内側にまた引っ込んでしまい
毎週のスケジュールを
落ち着かない気持ちで眺めるばかりで
キャンバスに向うような気持ちにはなれなかったのだ。
わたしが 大げさにがっかりしたふうな顔をしたので
白熊君はそれを真顔で聞いていた。
仕事とは目の前にある穴を埋めることなのだと
養老猛史さんが書いていた。
わたしの最近のお仕事は
演奏者さんとの面接をして
契約を交わし
出演スケジュール管理をする。
MCの原稿やプログラムなどを作成する。
それから
お役所での あれこれの申請。
英語の文書の翻訳
本番に向けてのリハーサル。
そういった事。
「わたしを ここで 働かせてください!」
と千尋は湯婆婆に懇願して 仕事を得たけれど
わたしの場合は
道を歩いていたら たまたま 目の前にこのような穴があり
いつの間にか それを 埋める仕事についたという感じだ。
せっせと埋めている という表現のほうが 正しいかもしれない。
自営業者には毎月決まった給与があるわけではなく
お給料日と言えば むしろ
お金が美しい羽をつけて飛び立ってゆく日だったりするので
よけいに ここ最近の労働には ヨイトマケの唄がマッチしてくる。
「千尋はね 大人の仲間入り的なのとは
対照的な成長が描かれているのが 良いんだと思うよ。」
わたしは 夏も終わる頃になって
ようやく 白熊君に出された宿題にとりかかった。
子供の時から 夏休みの宿題は最後の最後までとっておくたちである。
千と千尋の神隠しの中で 千尋は
捧げモノの食べ物を食べてどんどん太って
醜い豚の姿になった両親を助けるために
不思議な世界に入ってゆく。
千尋は
制服を着させられて
名前も千尋から 千に変えられて
油屋の下働きを始める。
トンネルのむこうの世界は 一見 摩訶不思議な世界に見えるけれど
社会の仕組みとしては 現代社会のもの そのもの。
そこは 多くをもっている人が より多くを獲得する事ができるという
欲の循環システムが成り立っている。
カオナシはそういう世界が生み出した
ものすごいエネルギーを内包した亡霊なのかもしれない。
千尋が カオナシと一緒に列車に乗っているシーンが好きだ。
あんなふうに カオナシと隣り合っていられるのは きっと
千尋がたとえ 欲の世界にいても
「たくさんは いらない。 ひとつで いい」
と言えるからなのだと思う。
油屋や湯婆婆の話をしていたせいか
お蕎麦の後の流れは 自然と 温泉という事になった。
亀嵩駅の程近くの玉峰山荘に向う。
玉峰山というのは「出雲風土記」の中で
玉作りの神が宿ると記されている言わば霊峰で
そこから湧き出る温泉は
薬湯として地元の人に親しまれてきたのだそうだ。
わたしは 洗面台でクレンジングをしてお化粧を落として
それから 小さくカットして持ってきた 手作りの石けんで
顔と体を洗い
やわらかなお湯に浸かって
黒いスーツによって 固まった関節を緩めた。
千と千尋のラストシーンはどんなだったかしら?
と思い出してみる。
確か湯婆婆は
千尋と千尋の両親をもとの世界にかえすための
試練として千尋に質問する。
数頭の豚を用意して
「この中からお前の両親を選びなさい。チャンスは1回だけ。」
千尋はその質問に対して
正しい回答をする。
その答えは
「この中には いない」
だった。
この中には いない・・・という答え。
最近のわたしは
あらゆる質問に対して
正しい答えを出せているのだろうか・・・?
そんな事を考えていたらついつい長湯してしまい
あわてて スポーツバックに入れてもってきた私服に着替えて
休憩所に行った。
その時 白熊君が発した第一声が
「 ちょっと がっかりです・・・。」
だった。
「スーツのほうが 似合ってたのに・・・」
Tシャツにデニムのスカート その下にレギンスという格好が
お気に召さなかった・・・とまでは ゆかないけれど
がっかり・・・だったらしい。
感情を顔に出すタイプの人ではないはずなのに
その時ばかりは ものすごく 残念そうな顔をしているので
「これが 普通のわたしなの。 ごめんね・・・。」
と謝ってみて その理不尽さに気づく。
千尋だって 元の世界に戻るときのために
私服を 捨てずにとっておいたではないか・・・。
白熊君は今週末は島根県で過ごし
また大阪に戻って 平日を会社員として働いて
来週末には北海道に行くのだそうだ。
「なんだか 騙し 騙し 生きてる感じです・・・」
と 笑っていた。
彼もまた 質問に対する 正しい答えを出すために
努力をしている人なのだと思う。
それは 思ったよりも 骨の折れる しごと だ。
「千と千尋の良かったところはね
千尋が
誤った質問に対して
正しい答えを言えたところだよ。」
わたしは 夏の宿題を そうまとめた。
そう言ってしまうと
なんとなく
ほっとしたような すっきりとしたような気持ちになった。
ひとつの宿題を終えると
次の宿題が待っているものではあるけれど・・・。
「忙しい」という言葉は使いたくない。
だけれど
正直に言って 秋は とても仕事が忙しい。
ただ どんな 世界にいても
いつでも 何度でも
正しい答えを出せるようにしていたい。
わたしも 千尋のように
真実を見ることのできる
純粋な目と
正しい答えを導き出す
強い意志
そして
ひかえめな優しさをもっていたい。
そうしていれば きっと
カオナシも わたしの横で 微笑んでいることができるから。




