チキンスープと登山(2)プロペラ?

5 月26

2008年の北京オリンピックのあたりで新設された、

新幹線 和階号は、設立当初、

わたしにとって、数少ない「中国から逃避できる場所」だったように思う。

添乗員がちゃんとお化粧をしていて、

サービスも一定のレベル、お手洗いも清潔で、

たしかトイレットペーパーが備え付けられていた。

日本のテクノロジーを輸入したものだから、

車内も見慣れた日本の新幹線のデザインとほとんど一緒で、

和階号のシートに収まっている時は、つかの間、「日本」を感じられた。

ところが時が経てば、やはり全てが中国の色に染まってゆく。

トイレからトイレットペーパーは消え、以前は、

コーヒーポットをカートに乗せて

「コーヒーはいかがですか?」と上品にやっていた添乗員が、

今では、空のコーヒーカップを振りかざしながら

「コーヒーいる人―!」と叫んでいる。

この調子だと、添乗員が制服を着崩して、

プラスチック製の発光しながら飛ぶ竹とんぼや、

おもちゃの携帯電話を電車の中でぐずる子どもの親に押し売りし始める日も、

そう遠くはないだろう。

日本式の無料のサービスは淘汰されてしまうだろうが、

ある意味、無駄が省けて、車内販売の売り上げも上昇。

こちらの方が、ずっと理にかなっているのかもしれない。

そういえば、以前は中国逃避のために通っていたスターバックスにも、

あまり足を運ばなくなった。

「コーヒー文化革命」を成し遂げた誇り高いアメリカの企業でさえも、

やはり、中国進出後の中国化は否めない様子だ。

上質なコーヒーを求めて来店する客のほとんどが、

西洋人などの外国人。

中国人はと言えば、

中国からアメリカに輸出されて、

スターバックスのブランド名を付けた中国茶を飲んでいる人が多い。

ここでも「海亀」が重宝されているのだな・・・と実感したりする。

「海亀」というのは、帰国子女「海归」を皮肉った呼び方。

(両方、発音はハイグイ)

「海外で、学位を得た後で帰国した中国人」の事を言い、

「海外経験があり、外国語が話せる」という事で、

中国の企業では、たいそう優遇されるのだそうだ。

中国で経済的に成功できるのは

「下海」(独立開業)した人、

もしくは「海亀」(海归)だけだ、と断言する人もいる。

もう1つ、「海亀」が、社会的に良い評価を得る理由として、

海外に住みながらも西洋化されず、

中国に帰国している、という事が上げられるような気がする。

彼らは、(おそらく海外にいる時から変わらず)中国のものを食べ、

そして、中国の家に住み、中国式の人生設計をしている。

そんな愛国心が中国社会にうけるのだ。

中国の、あるテレビ番組で「海外に永住する人たち、移民についてどう思うか」

という電話アンケートをやっていた。

予想通り、多くの人たちが移民には、批判的である、という結果が出ており、

中には「留学に反対!」という信じがたい声もあった。

テレビのデータだけでは、あまり信用できないが、

わたしの身のまわりに焦点を当ててみると、

やはり同じ印象を受ける。わたしの中国語が流暢でない事もあって、

英語を話せる、留学経験のある中国人が多い。

スペインや、フランスなど、わたし自身、旅行でしか訪れたことはないけれど、

もし機会があれば、ぜひ住んでみたい。

もし、1年でも住めるとしたら、

夢のようだと思ってしまうような国から帰って来た人でさえも、

「海外は、面白くない。中国が1番」というような事を言っている。

島国の育ちの私たちは、他の国の人に比べ、

よけいに、海外にあるものが輝いて見える、

という事もあるかもしれない。

それに、旅行で訪れるには、素晴らしい土地でも、

住んでみれば、様々な苦労や、失望もあるのかもしれない。

そんなふうに、彼らの意見を尊重しようとするのだけれど、

どうしても、額の裏側の疑問符は膨れ上がるばかりで、

それは時に怒りを帯びる事さえある。

自由や、芸術にあふれたヨーロッパの生活が

中国の生活より劣っているとは、よく言えたものだ!!!

そんな中国マーケットの中に立つスターバックスには、

いつか、マフィンやスコーンと並んで、

笹の葉で包まれたオコワや、

棗の実に糖衣をからめたお菓子などが売られる日が来るのかもしれない。

そして、その日、人は、アメリカVS中国の対決はは、

やはり中国の勝ちだな、と認めざるを得ないのだろう。

わたしたちが体育座りしていた電車の連結部には、

メタリックなつくりのトイレが2つと、その向かいに、

カップ麺やお茶を入れる時のための給湯所が備え付けられていた。

お湯を入れる人々の手つきは、妙にせかせかしているのだけど、

一方、トイレ側の景色は、時間が静止しているのかと思えてしまうくらい動かない。

トイレの中の主は、どんなに長い行列ができていようと、

そしらぬふりで、のんびりと時を過ごしている様子だった。

わたしは、飛行機の中などで、トイレのドアの赤いoccupiedが緑のvacantに替わってくれない時、

まず、トイレの中に、中国人がいるのではないかと思うようになった。

中国人はお手洗いが異様に長い。

一体、何にそんなに時間がかかるのだろう、と不思議に思う。

そして、散々待たされている間に、

「中にいるのは、きっと、不健康で、動きも、排便も遅い、太ったおばさんに違いない」と

勝手に妄想が膨らむのだが、実際、出てくるのは、スラット手足の長い高校生だったりする。

ますます「中で何をしていたの?」と聞きたくなる。

そして、失礼と偏見と下品をお許し願いたいが、

中国人は便器を汚す人が多いと思う。

だから私は、飛行機の中では、なかなかvacantにならないトイレは使わずに、

人を掻き分けながら機体後部のトイレを目指す場合がよくある。

以前、その現状を目にした日本の友人は、

「中国人って、肛門にプロペラついてる?」と真顔で聞いてきた。

わたしは、反射的に描いてしまったその様子をかき消しながらも、

このトイレの汚さを、生理学的な違いによるものだという事にしてしまえば、

返って気が楽かもしれないと思った。

わたしは「肛門プロペラ説」を暫定的にではあるが、信じようと思う。

お手洗いを使った後の人がドアを閉めないので、

空いたままのトイレは、車内に臭気を放っていた。

そして、しばらくすると、その金属製のドアは新幹線の揺れにしたがってガチャンと大きく音を立てて閉まる。

わたしと恋人は、そんな落ち着かない空間で、

体育座りでサンドイッチを食べ、本を読み、窓の外を眺めた、

うとうとし始めたところで、またトイレのドアがガチャン!と大きな音を立て、目が覚める。

青島までの5時間、わたしは密かに、この不都合の共有に、

胸をときめかせながら新幹線に揺られていた。

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