牛肉にキスする(2)米炊きばばあ
富士山5合目での労働は1日11時間に及んだ。
朝の5時に起床、6時に店を開け
店の外にあるソフトクリームマシーンを起動させ
それから狭い厨房で米を炊く。
米を炊く釜は、大人が2人両手をつないでつくった輪くらいの大きさで、
そこに米を入れ水を入れたものを大型オーブンに入れる作業は
紛れもない肉体労働だった。
米炊きはアサコがわたしのどちらかが、
パートのマチコさんと組んでする事になっていた。
パートの中で1番年配のマチコさんは
小柄で細く、目鼻立ちがはっきりしている事から
「若い頃はさぞ美人だったのだろう」と思わせるところがあるが
化粧が濃いせいか、それとも表情が大げさなせいなのか
自然に投げかけようとした視線に
「見てはならない」というような抵抗力がかかって
あまり顔を直視できなかった。
仕事の効率が異様に悪く、よく人に迷惑をかけていて
それを埋め合わせるかのように
無駄な一生懸命さアピールをしていた。
「わたしはね、トイレに行きたくなるといけないから
勤務中は、絶対に水を飲まないの!」
というのが口癖で、
とにかく「人より努力している」というのを全面に出していた。
そのせいで、他のパートさんにも煙たがられている様子だったけれど
本人の、無駄な努力や苦労アピールは
職場での存在意義に関わる事だったようで
日々、止むことはなかった。
バイトが仕事の手を抜いたり
怠けたりするのはもちろん
器用に効率よく仕事をするのさえも、癪に触るという様子で
口うるさく文句を言っていた。
しかも、そんなふうに文句を言うのは女の子のバイトに限られていて
男の子には、至って優しく、話し方もまるで違った。
おそらく彼女は、男に好かれようとしていたのだと思うけれど
その男の気の引き方というのが、
自分を弱く、可愛く見せようとする。という古風なもので
10代の男の子にさえも、甘ったるい声を出して
取り入ろうとする50女の姿はある意味狂気だった。
ところが実際、バイトの男の子の間では
「パートのマチコさんは良い人だ」
という事になっていたらしいから
この一世代前のやり方もまだ、有効だったのかもしれない。
9時を過ぎるころになると、
山頂でご来光を見て帰ってきた登山者たちが増え始め
そこに今度は、中国人観光客や、お年寄りの団体が重なってくる
その波がようやく収まる12時ごろから
アルバイトとパートが20分ずつの交替で昼食を食べる。
実際の勤務時間よりも
この20分の昼休憩の時のほうがずっと
「自分が今、ある労働環境のもとにおかれている」
と実感した。
与えられた時間内に、与えられたものを食べる。
20代前半の育ち盛りのアルバイトの子たちは
揚げ物一品とサラダとご飯という、質素な食事に
「こんなの、ありえないっすよねー。」
と愚痴をこぼしながらも
バイトの後の夏休みの計画や
そろそろスタートする就職活動のことを考えているようだった。
一方、31歳になるわたしは
ポテトコロッケに混ざっているミンチを
箸の先で取り除きながら
「過去」の事を考えていた。
その時のわたしの「過去」のラインとは、とても鮮明だった。
夫と別れる前と、別れた後。
別れた後が今で 別れる前が過去だ。
この「夫」という言葉に、今になっても馴染めない。
彼と一緒にいる時は、彼の事をそんなふうに呼んだことが1度もなかった。
わたしのまわりの 親切な友達は
彼を名前で呼ぶか「一緒に暮らしている人」と表現していたし
家族も、少し無理をして「パートナー」という、カタカナ言葉を使っていた。
一緒にビジネスを立ち上げ、同じ家に住み、動物を世話して
時々、ホームパーティーをひらき、週末にコンサートに行き
税金の申告をし 生命保険の支払いをし
喧嘩をし、仲直りもし
それでも「夫婦」というものにはなれなかった間柄を
的確に表現できる言葉を
わたしは今でも探し当てる事ができない。
「あの米炊きばばあ、まじでムカツク!」
そう言って、昼食の席に座ったのは、アサコだった。
「アルバイトさんは、たいして仕事をしなくても
たくさんお給料がもらえていいわね、だって!
あっきらかに、ばばあよりこっちのほうが仕事してるし
実際、ばばあの仕事のミスのフォローしてるの私たちじゃない?
それに風呂に入れないで、
汚いドミで暮らしてるこっちの身にもなってみろだよ。」
その日は木曜日で、最後にシャワーを浴びた日から
4日が経過している頃だった。
「ほんとだよねー。それに給料の文句があるんだったら
わたしたちじゃなくて、店長に言えばいいのに。」
マチコさんが特に執着していた事柄の1つはお金だった。
「なんとか、年金がもらえるようになるまでは
仕事をして、お金をかせがないといけない。
生きていくために頑張らないといけない。」
と、これもまた口癖のように言っていた。
マチコさんは2回離婚して
今は独り身なのだそうだ。
わたしが夫と別れようと決めたとき
「これからは1人なのだから、
強くならなければならない。
お金を稼いで、生きていかなければならない。」
と同じような事を思っていたように思う。
そのぶん、ものすごく弱い部分もあって
今になって、冷静に考えると
まわりの男性に依存的になったりもしていた。
「わたし 頑張っているんです。
でも、本当は守られたいんです。」
というアピールは
女のというよりも、
動物の本能に仕組まれた自己防衛なのかもしれない。
それが、ことによると50代まで続くのだ・・・と思うと
少し、恐ろしくなってしまう。




