サイレンの音
ある日、わたしの住むマンションのロビーに
人だかりができている。
さては、季節はずれの「舞獅」(ししまい)でもやっているのかと思い
それならば、是非とも弱った頭を咬んでもらおうと
人ごみをかき分ける。
だけれど、その輪の中央では
警察官と、砂埃で汚れたセーターを着た労働者風の一般人が
なぜか両者とも同じ型の棍棒を持って
殴り合いをしている。
「なんだ、ただの喧嘩かぁ・・・」
と、その場を後にする。
ある日、ジムから帰ると
また、マンションの前に人だかりができている
「人跳楼死了」
と、誰かが言う。
あまりにもセンテンスが短いので
’’人が建物から飛び降りて死んだ。’’
という事実を受け入れるのに、かえって時間がかかる。
人々が目線を向けている方をみると
駐輪場の屋根に引っかかった死体を
警察が引き摺り下ろしている最中だった。
自殺なのか、事故なのか、
それとも、殺人なのか
わからない。
こんな具合なのに、
この街に来て
1度もサイレンの音を聞いた事がない。
ある日、友人がビザの確認がどうこう・・・とか、
どうでも良いような事で警察に呼ばれる。
彼女に付き添って警察に行き
待合室で座っていると、
顔半分が腫れあがって、目の下から血を流している女が
突然、待合室に入ってきて、受付のあたりに駆け寄り
泣きながら、警察に助けを求めはじめる。
「うちの旦那が、酒に酔って暴れている。
このままだと、殺されてしまう。」
その訴えを警察は、笑いながら聞いている。
本当に、そこにいた5人ばかりの男性職員全員が
その女を馬鹿にしたように笑っている。
「それは、家族の問題だから
警察には、どうもできない。」
とか、そんな事を言っている。
隣にいる婦人警官に
「あれは、暴力を受けた女の人が
警察に嘲笑されているところですか?」
と確認しなければ、
目の前で起こっている事を飲み込めなかった。
この街では、サイレンの音を聞かない。
はじめ、それを、とても不思議だと思っていたけれど
最近になって
不思議でもなんでもない、と思うようになった。

