仏陀イズマイフレンド
さて、今日は勝手に連載しているものをお休みしてブログを更新します。
その勝手に連載しているものの中でキャラを無断借用している友だち(仮名・アサコ)からメールがきました。
「離れているけど 何か、話あったら聞くからね!」
との事。彼女は今、オーストラリアにいます。
オーストラリアの大学で働きながら、そこで出会った彼氏と、昼間にジョギングしたり、相変わらず楽しく恋愛しているようです。
それから、ペルーに今年引っ越した友だちからも連絡がきました。
「ちょっと占って欲しい事があるの。」ペルーでも様々な事がおき、様々な未来の可能性が広がっているようです。
佐賀のスーパーでバイトをしている友だちが電話をくれました。
「反日感情が渦巻いているみたいだけど大丈夫?」と心配してくれていました。彼女は最近、私生活に国際的要素を取り入れるために英会話レッスンに通い始めました。
それから、こないだから、オランダのアートスクールに通い始めた友だちとスカイプしました。
「オランダにいても、わたし、あんまり変わらないみたい・・・。」と、いつものように、低体温な話しぶりでした。だけれど、画面に映る姿は、日本にいるときよりも輝いているように見えました。
イギリスで恋人と暮らしている友だちとチャットしました。
「なんか、こっちはね、森で摘み取ったブルーベリーでジャムを作る感じの、オーガニックでスローな場所だよ。」と新天地について教えてくれました。サロンでインターンをしながら、美容学校に通っているようです。
わたしたちの会話は、国を越え、様々な国のいろんな情報とリンクして、なんだか、とても大きくて、前向きな意識をつくり上げているような気がします。わたしもがんばらなくちゃねー。と素直に思います。
わたしは、面接会場で冷や汗を額に浮かべていた。わたしの身の丈にあわない、大手のホテルグループの天津店の、営業部枠の最終面接。「あなたの長所と、短所を教えてください」とのとてもベーシックな質問に口ごもってしまったのだ。面接は英語で行われ、わたしの頭はすっかり「ポジティブなイングリッシュスピーカーモード」。長所ならばいくらでも言えるのだけれど短所が出てこない。・・・ちなみに、この面接が日本語で行われていたものならば逆だったと思う。なぜなら、日本語ならば、短所を並べつつも、自分を窮地に追い込まぬよう、謙虚さと前向きさでフォローする事ができるはずだからだ。むしろ、長所を言えないと思う。ところが、英語で、ポジティブさの完成度を上げているところで自分の短所を言ってしまうと、一機にキャラクターが崩れてしまう。「わたしの短所は・・・」と話し始めて、結局、自分の長所アピールをしてしまっていたり、的外れな失敗談を公表したりした挙句、わたしは、自分とは全く違う別の女性像をつくりあげ、彼女が言うのではないかな?というような架空の短所を提示してしまった。
「わたしは、納得いかない事や、理解できない事があると、それを指摘せずにはいられません。そのため、時々人と衝突する事があります。自己主張が激しいというのが、ある意味、自分の短所だと思います。」
面接官の方、ごめんなさい。これは完全に嘘です。わたしは日本人らしく、なかなか自己表現ができないタイプです。「おや?」と思う事や、腹立たしい事があっても、その場では口に出さず、家に帰ってよく考えて、それでも納得いかなければ、当人ではなく、他の友だちにも相談する。そこで、賛成票を得られたら、その後、何日かにわたって、タイミングを計り、ここ!というところで、ようやく当人にぶつけられる・・・という非効率的な立場です。ごめんなさい。嘘つきました。ごめんなさい。ごめんなさい・・・。
面接官が手にしているレジュメも、わたしにプレッシャーを与えていた。学歴も職歴も、完全に上滑りしており、20代全般にわたって堅実さに欠けていたのは一目瞭然。怪しい人物だと思われたって仕方がない。それにこんな経歴じゃ、ビザの申請だって難しいに違いない。
「これから先、2年以内に結婚の予定はありますか?」わたしの年齢の欄を見ながら、面接官がするどい目線を向けてきた。「ありません。恋人はいますが、まだ、そんな段階ではないし、今は仕事を第一に考えたいです。」もっと、盛り込まなければ、ここでの説得力のある語りが、明暗を分けるに違いない。それは知っている・・・だけれど・・・言葉が・・・出てこない。
面接が終わると、すぐに、恋人のオフィスの近くのスターバックスに走った。彼に「I am at the starbucks,waiting for you」(スタバで待ってる)とテキストメッセージを送って、カフェモカをカップの半分くらいまで一気飲みし、ようやく、ちょっと本当の自分に戻ったような気持ちになって、1人がけソファーに体を沈める。
手には金色のカードに仏陀の刻印の入ったものを握り締めていた。先ほど、スターバックスに向かって走っている時に、道端で布教活動をしていた老婆から2元で買ったものだった。その繊細な刻印をみつめながら「ハロー仏陀!ユーアーマイフレンド!」なぜかそんなカタカナ英語をつぶやいた。。・・・肉を食べず、性にも触れず、多くを求めず、それゆえ、誰とも競争せず、調和のとれた平穏の世界が手にした金色のカード越しに見える。この幻想は、おそらくわたし1人が抱いているものではなく、母性を知る全ての人が感じている共通の世界という気がする。だけれど、しばらくすると、もう片方の手に持った、半分のカフェモカが、一瞬、ぐっと重みを増すようにして「ほんとうに、そっちに行きたいの?」とわたしを睨みつけた。「ああ、こんなにも不完全なわたしでも、生きていかなければならない。たくさん嘘をついて。無理をして。それでも生きていかなければならない・・・」先ほどまで快適にわたしを迎えてくれていたソファが、突如として不安定に揺らぎ始める。絶望の淵にいるような気持ちだ。するとそこに、救世主のように、わたしの好みのタイプの男が現れ「Oh! my god!! you bought it!!」(信じられない!それ、買ったの?)と、叫んだ。カフェモカではなくわたしが手にした金のカードのほうを指差しているその男は、スーツの上にレザーコートを羽織った、わたしの恋人だった。「仏陀イズマイフレンド」わたしはまた、カタカナ英語でそう言いながらハグすると彼の冷え切った耳がわたしの頬にあたった。天津に、冬が来ようとしている。彼もまた、毎朝、通勤の時に、その老婆にこのカードを売りつけられそうになるのだそうだ、だけれど、無宗教の彼は当然素通り、初めて間近でみる仏陀の刻印に興味をそそられているようだった。「This is mine!!」(これわたしの!)と言って、カードを取り上げる。「I don’t care」(別にどうでも)といったふうに首を振って、それから、今日の面接はどうだった?と聞いてきた。面接での質問の全てとわたしの回答を早口で話し始める。その時、スタバには外国人が多く、英語が飛び交っていた。もしかしたら、そこにいた客の何人かは、わたしの話に耳を傾けていたかもしれない。なぜなら、この競争社会においては、たいていの場合、人の失敗談というのは、他人を喜ばせるものだからだ。一部始終を話し終わった後で、恋人は、その青い目に似合う、哀れみの表情を浮かべていた。
「まぁ、でも、不採用だったとしても、それは、ユカリが結婚適齢期だったのと、残業に前向きでなかったのが原因であって、ユカリ自身に問題があったわけじゃないから、気にする事はないよ。たとえ不採用でも、その不採用の事実はユカリを絶対に傷つけない。」
わたしのほうでは、恋人が「不採用」という言葉を口にするたびに、腹部をこぶしでゆるくパンチされているような気持ちだったけれど、わたしはそれを無視して「そうだね。そのとおりだね。」と口角を上げた。自分の意識をむりやりな方向にむけているせいか、わたしは、なぜか、以前付き合っていた男が言った言葉を思い出した。「僕は、本当は、医師を諦めて、あなたと出家したいですよ。僕は、頭が丸いですから、きっと良いお坊さんになれます。でも、そうすると、あなたに触れる事ができなくなります。それは残念ですね。」彼は結局、お坊さんにはならず、今もソウルの病院で働いている。時々、こんなふうに、無欲と調和と平穏の世界が、背後にうつろうのはなぜだろう。アジア人特有の、非生産的で、非効率的な、考え癖のようなものなのだろうか。この思考こそが、わたしを現実から上滑りさせている要因なのかもしれない。ただ、好きな人と幸せでいたいだけなのに、生きる事は大変。骨が折れる。その上、人は年老いてゆく。
わたしの恋人は、これから四川料理を食べて、それからDVD屋さんに新作映画をチェックしに行こうか・・・と今夜の計画に話題を変えていた。わたしは、面接の後、コートを忘れてスーツにストール姿でスタバまで走ってしまったために冬の天津の街を歩くのには薄着すぎた。「ワンブロック、我慢して歩いてくれれば、あとはタクシーをひろえると思うけど、大丈夫?」
と彼は聞いた。
「ワンブロックくらい大丈夫だよ。I am strong!!(わたしつよいから)」
そう言うとわたしはカフェモカの半分を飲み干して、ストールを首にぐるぐる巻きにして席を立った。
ドアを開けると、天津の恐ろしい強風がわたしの髪を斜めにひっぱる。体ごとそちらに揺らいだところで、恋人は
「ちがう。そっちじゃない」とわたしの肩を抱えた。天津の冬は厳しい。わたしたちはお互いを抱きかかえるようにしてワンブロックの道のりを走った。
モンゴルのあたりから勢いを蓄えていると思われる強風が、体温を奪い、体の感覚が薄らいでゆく、それでも、なんとかバランスを保つようにしっかりと地面を蹴っていると、今度は内側から巻き起こる生命によって体が温まってゆくのを感じた。
よみがえってゆく感覚の中で、わたしはある事を確信した。それは、とても残念なことに、あの無欲と調和と平穏の世界に、あなたがいない事。わたしは、もしかしたら、あなたを、生きたままあちらの世界に追いやってしまう事ができるかもしれない。
でも、それをしてしまうと、わたしは、あなたに会う事も、触れる事ができなくなってしまう。こうやって、抱きかかえている肩とか、一緒にしている息だとか、そういうのがなくなってしまう。
「あなたがいないと寂しいわ・・・たとえそれが、どんなに美しい場所でも。」
ワンブロックを走りきったところで、タイミングよく通りの脇に滑り込んできたタクシーに乗り込む。タクシーの中はタバコの煙が充満しており、その上、チューンが合っていないラジオがキュイーンキュイーンと音を立てていた。生きていくのは大変だ。車窓から、資源への懸念が全くうかがえない、天津の街の夜景を眺める。生きていくのは骨が折れる。でも、わたしは、ここで生きていかなければならない。
マンションの前にタクシーが止まったとき、わたしは、金色の仏陀カードをスタバのテーブルに置き忘れた事を思い出した。
そして、あの仏陀の微笑みが、緑のエプロンをつけた無愛想な定員によって、ペーパーナプキンと一緒に、ゴミ箱に捨てられるのを想像した。

