5 月21

西塘(Xitang)という
上海から南に電車で1時間ほど下った美しい水の街に
ネパールで知り合った中国人の友だち
Tang君のお店があります。
「もう何年もデザインの会社に勤めて、
パソコンの画面ばかりみていたから
これからの人生は、本物の紙だけを見て、
自分の描きたい絵を描いて生活したい・・・」
そう言って
ネパールの風景をスケッチしていた彼は
半年ほどの準備期間を経て
本物の紙を売る
「冊子(ノート)屋さん」
をオープンしたのです。

「本当にノートだけ売ってるの?」
「ええと・・・雑貨も少しあるよ。
あと自分が描いた絵とかね。
時々Tシャツの注文も受けるから
こんなのも描いてる。」

「そうかぁ・・・本当に本物の紙に向って
本当に自分の好きな絵を描いているんだぁ・・・」
その行動力に関心していると
電話(Skype)の向こうで誰かが中国語で叫んでいるのが聞こえてきます。
「お客さんが来たから、ちょっと待ってね・・・」
Tang君の不確かな英語力とともに
進められる、大変ゆっくりとした
わたしたちの会話は
こんなふうに中断させられる事が増えました。
お店は繁盛している様子です。

「・・・ユカリに前々から言いたかったことがあるんだけど・・・」
1日のうちで3回、別の人から同じ事を言われる、という
とても不思議な日がありました。
「・・・ユカリはユカリの好きな事を
おもいっきり やったほうが良いと思うよ。」
・・・そうですか・・・
「あ・・・そう言えば、ユカリに言っておかなければならない事があったんだけど
ユカリは自分のやりたいことだけやっていれば、きっとうまくゆくと思うよ。」
・・・そ・・・そうですか・・・。
1日のうちに3回ほどそういったお話を聞き
翌日にももう1人別の人にも同じ事を言われましたから
これは天声人語では!と思ってしまいます。
わたしの好きなこと
わたしのやりたいこと・・・かぁ・・・。
「さっきの人たちは いろいろ質問したのに
結局、何も買ってゆかなかった・・・」
戻ってきたTang君は
残念そうに言いました。
だけれど内心は
そんな商売のやりとりも楽しんでいるようです。
きっと中国人の血なのでしょう。
「やりたいことができるようになって良かったね」
と言うと
「以前は’’やりたいこと’’を思い浮かべながら
’’やりたくないこと’’をするのが人生だと思ってたけど
ヒマラヤ山脈の旅の後からは
’やりたくないこと’’をするっていうのは
一番やってはいけない事だって気がついたんだ。
だからこれからは、やりたいことだけするよ。」
と言いました。
何かを決意した、というよりは
何かをあきらめてしまったような口ぶり。
Tang君のやりたいことと
わたしのやりたいことは似ています。
世界を旅する事
絵を描く事
文章を書く事
音楽を聴く事
たくさん寝て
たくさん食べる事。
・・・要するに
世界に押しつぶされるほどの強い感動と
体ごと拡散してゆくようなリラックスの間を
振り子のように揺れながら
表現を重ねてゆきたいのだと思います。
半年の準備期間でお店を始めて
意欲的に絵を描いて
旅行中に書いた記事を
旅行雑誌に載せている
Tang君はすごい。
むろん12時間睡眠
1日3回の大食も
続けているのだと思います。
わたしも彼を見習わなければ。
人をして語らしめられた天の言葉に従って・・・。

ありがとうございます。
今日も手をあわせます。
5 月14

緑色がむやみやたらと迫ってくる5月の日々です。
思想家のルドルフ・シュタイナーは
「緑色は生命の死せる像として存在する」
と言いました。
緑色は 植物の色、生命の色という側面だけで
存在しているのではなくて
死や影の側面も担っているようです。
わたしにとっての緑色は
絵を描く上での 研究の対象であり
絵を描いた後の筆洗いを 大変厄介にするものでもあります。
筆についたビリジアンは 筆洗い液に浸して
その後石けんで洗ってもなかなか落ちないのです。
画家の質は筆の扱いを見ればわかる
と先生がおっしゃいます。
ですから
なんとしても 筆を美しく保とうと必死になり
気がつけば筆洗いには30分以上を要します。
そして最後の最後まで筆先にしがみついているのが緑色。
「先生、ビリジアンは何でできているのですか?」
「緑系の絵の具は基本的に 酸化銅だよ」
青銅器、銅鐸や銅剣も
土の中であまたの時を越え、息づいていたような
神秘的な緑色をしていたのを思い出します。
・・・なるほど、そう簡単には
洗い流せないはずです。
古浦遺跡で発掘された弥生人の頭蓋骨は
緑色に染まっていました。
それは青銅器の飾りをつけていたためなのではないかと言われています。
その緑色の骸骨は
「緑色」といういう色の
人間を凌駕する不気味なまでの生命力を
表しているよう・・・・。
わたしは それを見たときに
わずかな恐怖心を覚えました。
緑色は 生であって死のような
光であって影のような
不思議な色です。
「緑色は生命の死せる像として存在する」
緑色を明滅の淵としてとらえるときに
とても強く感じることがあります。
それは
世界がただ今 大爆発していて
わたしたちは、そのスローモーションの内に
身をおいているのだという事。
世界は、その大爆発のひとつひとつを
丁寧に
わかりやすく
ゆっくりと
わたしたちの前に表してくれているようです。
なんて
ゆっくりとしていて
やさしく
愛に満ちた
大爆発なんだろう・・・。
そんなふうに思いながら
緑色を見ています。
5 月8
牧師をしているダーリンさんが
「一緒にお仕事をしているゴスペルシンガーが
米子にあるお寺でコンサートをするらしいから見に行こう」
と誘ってくれました。
その日はそのコンサートを楽しみに
仕事をそそくさと片付け
ダーリンさんとお友だちのRituとの3人で
一路米子へ・・・
山陰路沿いの風景を眺めていると
緑の陰に藤の花が一筋の紫色の光を添えているのを見つけました。
「あそこにあるのが藤の花。
わたしがいちばん好きな花だよ・・・」
Ritsuに向ってそう言いながら
向こうの山を指差します。
藤の花の
・・・宙に浮いている感じがなんとも好きです。
そして
その向こうに一本の道が通っているような
奥深い色合いは 何だろうか・・・と
毎年この時期になると
不思議に思います。
コンサートの行われるお寺が「住雲寺」という名前でした。
ダーリンさんが
「グーグル検索をしても、なかなか出てこなかった。」
と言っていたので
こじんまりとしたお寺を想像していましたが
着いてみると
広く整備されたパーキングスペースがあり
建物も新しく、装飾品の彩色も艶やかなお寺。
そして庭園には幻想的な紫色の雲が漂っています。
「はっ」として目を凝らすと
それは花弁で空を覆いつくそうとしている藤の巨木でした。

住雲寺は別称「ふじ寺」という名で親しまれているお寺なのだそうです。
(「住雲寺」で検索がヒットしなかったのも、きっとそのため)
その時にアンプから流れていた曲が
YoYoMaによる
アントニオビバルディのチェロのための協奏曲。
淡い紫色のグラデーションが目の前を覆っていて
藤の花の甘酸っぱい香りが肌からも浸透してくるよう・・・。
突然 現れた
いちばん好きな花と
いちばん好きな音楽
わたしの内と外はいつの間にか境を失ってしまいます。
もしや わたしは姉の二の舞で
交通事故に遭って危篤となり
魂のカタチをして
ここに来てしまったのではないかと
疑うほどでした。

チェロの協奏曲のあとには
できれば
同じくビバルディのバイオリンによる協奏曲
「L’estro Armonico」(調和の霊感)
が流れて欲しかったけれど
その次の選曲は
福山雅治の「桜坂」で
その次は「ミヒマルGT」が去年の紅白歌合戦で歌っていた曲でしたから
あっという間に 現実世界に連れ戻されます。
藤の花を見上げるRitsu。

わたしは何を見ていたかなぁ・・・。

ゆっくりと日が暮れて 少し肌寒くなってきたところで
ゴスペルグループ「ゴスペルオーブ」さんのステージが始まりました。

体の底から
ジンジンあたためてくれるような
情熱的な歌声。
「ありがとう ありがとう」
と神さまに向って叫んでる。
「ありがとう わたしは ここにいます。
ここで 祈っています。
ここで 喜んだり 悲しんだりしながら
生きています
ありがとう。」
楽曲は
ゴスペルの曲のほか
「上を向いて歩こう」や「川の流れのように」などの
昭和の名曲
それから アカペラによる 「荒城の月」など。
バラエティーに富んだ選曲と
楽しいおしゃべりで
ステージはあっという間に終盤をむかえました。
「最後の曲でした。ありがとうございました。」
・・・となったところで
「もっと 歌ってください!!」
と叫んだのは
ステージの間中、一生懸命手拍子をしていた
おじいさん。

そのおじいさんの一声から 「アンコール」が巻き起こります。
藤の巨木の下で 歌声とともに 1つになるわたしたち・・・。
本当にすばらしいコンサートでした。
・・・実を言うと
コンサートの開演を待つ30分くらいの間
ごろんとベンチに転がって藤の花を見上げたり
木の幹にハグして感触をあじわったりと
藤の木をめいっぱい楽しんでいるRitsuをよそに
わたしは お寺の裏の木立にひっこんでいました。
突如として現れた、圧倒的な美しさに
押し流されてしまいそうで
藤の木の下にいる事ができなかったのです。
美しさを前にして
何もできなくなってしまう状態
外側から押し寄せてくる波に
内側から溢れてくるもので応えている状態を
「忘我」と言うのかもしれません。
こういう忘我の先には
何があるのだろう。
調和かなぁ・・・?
それならきっと人は
調和のために歌っているのかもしれない。
調和のために描いているのかもしれない。
表現とは世界との調和のためのものなのかもしれません。
美しい世界に
ありがとうございます。
そう言いながらも
もう
ありがとうだけでは
足りないのだと
気がついている
今日このごろです。